天下泰平を構想した家康の隠居城「駿府城」
駿府城_東御門(正面)
駿府城_東御門(正面)

駿府城の見どころとイベント

駿府城_坤櫓19
駿府城_坤櫓19
駿府城_二ノ丸北門跡付近の遊覧船02
駿府城_二ノ丸北門跡付近の遊覧船02
駿府城_久能山東照宮_御社殿06
駿府城_久能山東照宮_御社殿06
駿府城と言えば、徳川家康が隠居生活をしていた城として有名です。
しかし、単なる隠居用の城とは違い、三重の堀に囲まれ、大きな天守があったとされ、西国から東国を攻められたときに江戸を守る重要な軍事拠点であったと考えられます。
又城下町は、東の安部川から北川を通り、お堀を経由し、巴川から清水湊・三保の松原まで流れ込むように造られていました。
当時湊から資材を運ぶのに使ったとされ、川とつながる三ノ丸外堀は灌漑施設としても用いられるように建設されていました。
現在の駿府城は、本丸と二ノ丸を分ける内堀が埋め立てられたため、建造物が二ノ丸だった部分に集中しているのが特徴です。
南西に坤櫓、南東に巽櫓と東御門があり、城内最大の見どころです。
本丸部分は現在発掘調査が行われており、日本で一番大きな天守閣が経っていたのではないかとされる石垣や礎石などの遺構が発掘されています。

駿府城は現在市民公園になっているため、年中様々な行事が催されています。代表的なものが、毎年4月の第一週末に開催される静岡まつりです。家康が生前家臣とともに花見を楽しんだ故事に基づくもので、駿府城をはじめ静岡市の各所が会場となっています。市内を練り歩く最大の目玉・大御所花見行列のほか、城内でも見られる登城行列や火縄銃演武や花魁道中などもあり、江戸時代初期の雰囲気を感じられます。
城北西の賤機山には、家康が元服式を行ったとされる静岡浅間神社が、巴川沿いに東に下っていくと富士山や三保の松原の眺望が美しい日本平。そして日本平ロープウェイからは徳川家康が祀られる久能山東照宮もあります。
ぜひ足を運んでみてください。

目次

駿府城へのアクセス方法

飛行機で行く場合

富士山静岡空港より車・タクシーで約45分
▼レンタカーは以下
ニッポンレンタカー 富士山静岡空港営業所 TEL:0548-29-2660
トヨタレンタカー 富士山静岡空港店 TEL:0548-25-3100
オリックスレンタカー 富士山静岡空港カウンター TEL:0548-29-2633
日産レンタカー 富士山静岡空港店 TEL:0548-29-1723

富士山静岡空港よりバスや徒歩で約1時間10分
空港リムジンバスにて静岡駅に直行(約55分)

新幹線・電車で行く場合

東海道新幹線・JR東海道本線静岡駅北口より徒歩約15分、静岡鉄道新静岡駅より徒歩約12分

車で行く場合

東名高速道路静岡I.C.より車で約17分
新東名高速道路新静岡I.C.より車で約18分
・静岡I.C.より:静岡県道84号線を静岡市中心部方面へ→「南安倍」交差点で右折、国道1号線を東京方面へ→静岡駅前で左折→「日赤前」交差点で右折してください
・新静岡I.C.より:インターから静岡県道27号線に入線→「安倍町」交差点で左折、静岡環状線を道なりに進む→「草深橋」交差点で右折後、突き当りで左折してください

駐車場

・静岡市市民文化会館駐車場
場所:静岡県静岡市葵区駿府町2-90
利用時間:8:30~22:00(最終入庫時間21:00)
料金:
8:30~22:00:30分100円(平日のみ最大料金1,000円、土日祝日はなし)
22:00~8:30:1泊1,380円
収容台数:普通車246台
TEL:054-251-3751(静岡市市民文化会館)

駿府城、最寄りの場所からのアクセス方法

駿府城_見取り図(石板)1
駿府城_見取り図(石板)1
駿府城_城代橋付近のプラモデルオブジェ1
駿府城_城代橋付近のプラモデルオブジェ1
駿府城_巽櫓と東御門5
駿府城_巽櫓と東御門5
JR静岡駅から北に徒歩10分ほどで三ノ丸外堀南側(追手町付近)に到着です。
近くには、プラモデル型の甲冑がある城代橋があります。
ここからまっすぐ進むと東御門、巽櫓へ向かい、隣接する両方の内部を見学。本丸堀跡を通って二ノ丸水路跡と紅葉山庭園を散策。さらに天守台発掘現場を見学して、坤櫓へ。坤櫓から二ノ丸中堀西側を北上して二ノ丸中堀北側へ。更に城北通りを通って三ノ丸外堀北側を散策するルートでご紹介いたします。

駿府城を散策する

東御門

駿府城_東御門4
駿府城_東御門4
駿府城_東御門(内側)の桝形虎口5
駿府城_東御門(内側)の桝形虎口5
駿府城_東御門櫓内1
駿府城_東御門櫓内1
東御門は巽櫓の北隣にある門です。駿府城内部への主要な出入口で、建てられた時代も慶長年間(1596~1615)にまでさかのぼります。1635(寛永12)年の火災で焼失した後、1638(寛永15)年に再建されており、幕末の安政地震でも奇跡的に残りました。しかし明治維新後に廃城となった際に破却され、長い間再建されないままでした。1996(平成8)年に伝統工法を用いて寛永年間に再建された姿に復元され、城内の大きな見どころの1つになっています。
東御門の構造は東に高麗門、西と南に多門櫓、北に二層の櫓門がそびえる枡形虎口です。枡形虎口は近世の城郭に多く見られ、有事の際は侵入してきた敵を周囲から狙撃できるようになっていました。また東側の高麗門の外は二の丸の堀に橋が架かっているとともに、門の南北には外の敵に狙撃するための鉄砲狭間や矢狭間が配置されています。ちなみに門は巽櫓と一体になっているため、城の中でも特に防御に適していました。
櫓門の内部は資料館になっており、家康時代の駿府城・城下町の復元模型や二の丸で出土した鯱が展示されています。

巽櫓(たつみやぐら)

駿府城_巽櫓3
駿府城_巽櫓3
駿府城_徳川家康手習いの間08
駿府城_徳川家康手習いの間08
駿府城_巽櫓(城内から見た)01
駿府城_巽櫓(城内から見た)01
巽櫓は二の丸の南東側にそびえている櫓です。江戸時代当時の十二支を使った方角表記で、東南が辰と巳の間を指したことが名前の由来です。なお後ほどご紹介する東御門と一体になっています。
駿府城が築城された江戸時代前期からありましたが、1635(寛永12)年の火災で焼失します。3年後には再建されたものの、幕末の安政地震で倒壊し、以降は復元されていませんでした。1989(平成元)年になってからようやく復元されました。
外見は坤櫓と同じく2層3階建てになっています。役割についても平時は武器庫として使われ、有事の際に防御拠点や物見用として活用されることが期待されていました。一方坤櫓と異なり、櫓自体がL字型になっている点が大きな特徴です。L字型の櫓は全国的にも珍しいため、駿府城を訪れた際はぜひ注目すべき場所と言えます。なお城内にあった櫓の中で最も高いものです。
内部は資料館となっており、櫓内部の構造を見て回ったり、駿府城の発掘調査で出土した遺物が展示されていたりします。2階には家康が今川氏の人質だった頃、太原雪斎(たいげんせっさい:今川義元を支えた名僧)から教育を受けた場である臨済寺の一室「竹千代手習いの間」も復元しています。

本丸堀と紅葉山庭園

駿府城_本丸堀跡(東側)と二ノ丸水路跡10
駿府城_本丸堀跡(東側)と二ノ丸水路跡10
駿府城_紅葉山庭園10
駿府城_紅葉山庭園10
駿府城_紅葉山庭園24
駿府城_紅葉山庭園24
■本丸堀と水路跡
現在の駿府城の東側には、内堀の遺構が2ヶ所見られます。内堀はもともと本丸と二の丸を区切るように掘られていたものです。廃城してしばらく経った1896(明治29)年、陸軍歩兵第34連隊が配置された際に埋め立てられました。
1990(平成2)年に発掘調査が行われた際に内堀遺構が見つかり、現在2ヶ所が公開されています。幅は約23~30mで、深さについては江戸時代当時で5m程度でした。堀の両側には石垣が設けられており、荒く割った石を積んだ後で隙間に小さな石を埋め込んでいます。なお本丸側の石垣の下側は、家康存命時に建てられた頃の特徴が見られます。
また北側に残っているものは、水路を通じて二の丸堀と繋がっているのが特徴です。水路の距離は95m、幅は4.5mで内堀の水位を保つために掘られました。

■紅葉山庭園
紅葉山庭園は駿府城公園内に2001年(平成13年)秋に完成した日本庭園と茶室です。 入口から、里の庭、海の庭、山の庭、山里の庭と4つのエリアに分かれ、駿河の国の名勝を4つの庭に織り込んでいます。また、数寄屋造りの茶室は利用(有料)・見学できます。
庭園に面した立礼席では、当時家康も愛飲したとされる静岡の茶園で栽培した煎茶や抹茶、玉露も楽しめます。

天守台跡と家康公像

駿府城_天守台跡03
駿府城_天守台跡03
駿府城 徳川家康像(鷹狩の図)
駿府城 徳川家康像(鷹狩の図)
■天守台跡
駿府城の本丸跡は現在発掘調査が行われています。
本丸跡には大きな天守台の石垣遺構も見つかり、その大きさから家康の隠居時代には、日本一の高さを誇る天守閣があったと推測されています。

■家康公像
発掘現場入口には家康公像が立っています。家康が大御所として住んでいた頃(65歳から75歳)の姿を表したものです。左手に持っているのは鷹で、晩年の家康が頻繁に鷹狩りを行っていた逸話に基づいています。甲冑姿になっているのは、鷹狩りが有事に備えた軍事訓練も兼ねていたためです。

坤櫓(ひつじさるやぐら)

駿府城_坤櫓01
駿府城_坤櫓01
駿府城_坤櫓内にある徳川家康の甲冑08
駿府城_坤櫓内にある徳川家康の甲冑08
駿府城_坤櫓付近から見た富士山01
駿府城_坤櫓付近から見た富士山01
坤櫓(ひつじさるやぐら)は、二の丸の南西側にあった櫓です。江戸時代当時、南西の方角を「坤(ひつじさる:十二支で子を北にして時計回りに配した際、未と申の間に当たる)」と呼んでいたことが由来です。
1854(嘉永7/安政元)年の安政地震で被災・倒壊し、以降は再建されないままでした。2011(平成23)年から復元工事を行い、2014(平成26)年4月に内部公開されました。
櫓自体は2層3階建てです。外から見ると2重の屋根が乗っている一方、内部は3階建てになっている構造です。平時には武器庫として、有事の際は押し寄せる敵を狙撃するための防御拠点とするために建てられました。
坤櫓は駿府城にまつわる絵図・記録である「駿府御城惣指図」や「駿府御城内外覚書」を参考にしつつ、地元産の木材を使って復元されました。工法についても、可能な限り当時の木造建築に用いられた手法に基づいています。2階部分と3階部分は立ち入りできないものの、1階から3階まで吹き抜けのように見通せる分、櫓の構造がわかる仕組みです。
壁についても、縄で竹を格子状に組んだ後、壁土や漆喰を使って塗ってあります。屋根についても瓦と屋根裏の間に土居葺きを施すことで、瓦から入ってきた雨水が漏らないようになっていました。
なお内部ではMRや大画面映像を用いた展示も行われており、往時の駿府城の姿や家康の生涯について学べます。

二ノ丸中堀

駿府城_二ノ丸石垣と中堀1
駿府城_二ノ丸石垣と中堀1
駿府城_二ノ丸中堀(東側)と船着場5
駿府城_二ノ丸中堀(東側)と船着場5
駿府城_二ノ丸北門跡付近の石垣02
駿府城_二ノ丸北門跡付近の石垣02
二ノ丸中堀は駿府公園内をぐるっと囲むように東西南北に現在も残っています。
石垣がきれいに残る水堀で、二ノ丸北門橋付近と二ノ丸東御門付近に船着場があり、「葵舟」とよばれる遊覧船に乗れます。東側に本丸堀とつながる水路があり、西側には三ノ丸外堀とつながる水路があります。これらを使って本丸から巴川や安部川への抜けるルートが確保されていました。

三ノ丸外堀

駿府城_三ノ丸外堀(西側)4
駿府城_三ノ丸外堀(西側)4
駿府城_三の丸外堀(南側)2
駿府城_三の丸外堀(南側)2
駿府城_三ノ丸外堀(北西側)02
駿府城_三ノ丸外堀(北西側)02
外堀は駿府城にあった3つの堀のうち、最も外側にあったものです。三の丸に沿って掘られていたことから「三の丸堀」という別名もあります。三の丸は家康が大御所として駿府城に入城した際、新しく付け加えられた部分です。
同時に治水工事の一環として外堀も整備されました。しかし明治時代に駿府城が廃城となって陸軍の歩兵第34連隊の司令部が設けられた際、一部が埋め立てられました。現在では城の北から西にかけての区域と南東部に残っており、往時の約6割が見られるようになっています。
外堀は現在も静岡市の灌漑設備の一部として大きな役割を果たしています。市の中部・南部に広がる水田に必要な農業用水を供給する水路の起点となっているためです。農業用水の水源としての役割は家康時代から果たされていたと考えられています。

駿府城の御城印と百名城スタンプ

駿府城の御城印

駿府城公園内にある東御門・巽櫓、坤櫓、紅葉山庭園の各施設入場券販売窓口で購入できます。
・東御門・巽櫓、入場券販売窓口
・坤櫓、入場券販売窓口
・紅葉山庭園、入場券販売窓口
で販売。
料金は、300円と500円のものの2種類

駿府城の百名城スタンプ

駿府城公園内にある東御門・巽櫓、坤櫓、紅葉山庭園の各施設入場券販売窓口でスタンプを押せます。
・東御門・巽櫓、入場券販売窓口
・坤櫓、入場券販売窓口
・紅葉山庭園、入場券販売窓口

駿府城の入城情報

所在地

住所:静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1
TEL:054-251-0016

開城時間

9:00~16:30(入場は16:00まで)

休城日

月曜日(祝日・休日は開城)
年末年始(12月29日~1月3日)

料金

[全施設共通券]
個人:大人360円、小人(小・中学生)120円
団体(30名以上):大人280円、小人(小・中学生)90円

[東御門・巽櫓]
個人:大人200円、小人(小・中学生)50円
団体(30名以上):大人160円、小人(小・中学生)40円

[坤櫓]
個人:大人100円、小人(小・中学生)50円
団体(30名以上):大人80円、小人(小・中学生)40円

[紅葉山庭園]
個人:大人150円、小人(小・中学生)50円
団体(30名以上):大人120円、小人(小・中学生)40円

※障がい者の方は本人及び付添人1人の料金を免除

駿府城、その城下町を往く

静岡浅間神社

駿府城_静岡浅間神社楼門07
駿府城_静岡浅間神社楼門07
駿府城_静岡浅間神社_麓山神社への石段01
駿府城_静岡浅間神社_麓山神社への石段01
駿府城_静岡浅間神社_麓山神社への石段01
駿府城_静岡浅間神社_麓山神社への石段01
三ノ丸外堀北西から徒歩で15分ほどで静岡浅間神社に到着します。
静岡浅間神社は、紀元前一世紀ごろ、弥生時代に崇神天皇によって建立された神部神社が始まりといわれています。
その後、古墳時代初期、応神天皇によりこの地方の物流の拠点、商業の中心地であった「安倍の市」の守護神として創祀され、
更に、平安時代中期、醍醐天皇によって富士浅間神社からも分祀され、現在のようなに
神部神社、大歳御祖神社、浅間神社の三社を総称した神社として現在も続きます。
朝廷をはじめ国司・武将等の崇敬すこぶる篤く、家康からもあつい尊崇を受けていました。
大拝殿は国宝で、朱塗り、銅瓦も美しく必見です。

日本平

駿府城_日本平(夢テラスからの眺め)11
駿府城_日本平(夢テラスからの眺め)11
日本平へはJR静岡駅北口東側からバスが出ているのでこれで向かうと便利でしょう。乗車券は570円で1時間ほどで現地に到着します。お急ぎの方はタクシーで30~40分程、5000円ぐらいで向かえます。日本平バス停すぐにある夢テラスからの景色はまさに絶景です。
日本平の日本(にっぽん)=日本武尊(やまとたけるのみこと)が地名の由来で、家康はここで鷹狩をよく行っていました。
初夢の縁起物で知られる一富士、二鷹、三なずび、はここで家康が見た風景であるといわれています。
富士は富士山、鷹は愛鷹山(あしたかやま)、なすびはその形状から三保の松原を表しています。

久能山東照宮

駿府城_久能山東照宮_参道と楼門08
駿府城_久能山東照宮_参道と楼門08
駿府城_久能山東照宮_唐門03
駿府城_久能山東照宮_唐門03
駿府城_久能山東照宮から見た駿河湾01
駿府城_久能山東照宮から見た駿河湾01
日本平バス停すぐに「日本平ロープウェイ駅」がありますのでここから向かうと便利でしょう。
乗車時間は片道10分ほどで、往復乗車券は1,260円です。
久能山東照宮は、徳川家康公をご祭神としておまつりする全国東照宮の創祀です。
家康の遺命により、2代将軍、秀忠によってこの地に創建されました。
久能山駅を降りするとすぐに社務所があり、楼門、唐門を通り御社殿に向かいます。石段100段ほど登りますでいい運動になります。
御社殿は、朱塗りの柱、黒漆の屋根、金細工の豪華な装飾で彩られ荘厳な美しさがあります。
元々武田信玄の所領だった時代に整備された城で、所々お城だった名残のある石垣が垣間見えます。

製作スタッフ紹介

記事&写真

倉之丞
倉之丞
歴史作家。城郭ナビゲーター。
城巡り歴は約40年ほど。防衛施設としての城もさることながら城下町としての街づくりが好き。
特に江戸時代の教育・文化・経済に強く惹かれています。
日本100名城、日本続100名城を中心に訪れたお城の数は150城を超え、2025年に200城を目指し日夜研鑽中。
現在、城トリップで仲間たちと城巡りの情報交換を行いながら記事更新しています。