井伊直政の居城、広大な土塁と大堀切の城
箕輪城 本丸~蔵屋敷 木橋
箕輪城 本丸~蔵屋敷 木橋

箕輪城の見どころとイベント

箕輪城 郭馬出西虎口門
箕輪城 郭馬出西虎口門
箕輪城 御前曲輪 井戸
箕輪城 御前曲輪 井戸
箕輪城 本丸堀 三の丸方面
箕輪城 本丸堀 三の丸方面
箕輪城の見どころは何といっても、広大な土塁群と巨大な堀切。
城好き、歴史好きには、武田信玄を何度も退けた頑固武将「長野業正」の居城としても有名で、徳川家康が関東を治め始めてからは、井伊直政が居城として改修しました。
城の遺構としては、過去に行われた発掘調査の成果で徳川氏時代の門跡・石垣・排水溝・土塁・堀・掘立柱建物が出土しています。曲輪の調査や整備も行われ、本丸北側の御前曲輪には古井戸も保存されています。門跡の中でも二の丸の南側にある「郭馬出西虎口門」は、2016(平成28)年に復元された城内最大規模の門です。同時に箕輪城跡を見て回る際の最大の見どころにもなっています。
箕輪城では毎年10月下旬に「箕輪城まつり」が催されます。かつて武田軍と死闘を演じた長野氏の武者たちの活躍を再現した武者行列が見どころです。行列に参加する人々が身に付ける甲冑や用具は手作りながら本格的なものである分、当時の武士たちの勇壮なさまを今に伝えています。

目次

箕輪城へのアクセス方法

電車で行く場合

JR信越本線/上越新幹線・高崎駅下車
高崎駅から群馬バス「箕郷行き」に乗り「箕郷本町」下車(約30分)、徒歩約20分
高崎駅から群馬バス「伊香保温泉行き」に乗り「城山入口」下車(約30分)、徒歩約5分

車で行く場合

関越自動車道高崎IC、前橋ICから約30分

駐車場

・箕輪城跡駐車場
群馬県高崎市箕郷町東明屋588
普通車78台、身障者用3台、大型バス6台の駐車が可能。
水洗トイレも併設

箕輪城、最寄りの場所からのアクセス方法

箕輪城は高崎市箕郷(みさと)町地区にある平山城です。JR高崎駅からバスで約35分、関越自動車道の高崎インターと前橋インターから約30分でアクセスできます。公共交通機関はバスなのですが、1日何便もないので車で来るのがいいでしょう。
駐車場は、城東側にある、箕輪城跡駐車場が便利です。
今回は箕輪城跡駐車場から搦手登城口→木俣→郭馬出→二の丸→本丸→御前曲輪から堀切に下りて本丸西側の大堀切跡を散策するルートでご紹介いたします。

箕輪城を散策する

搦手門から木俣

箕輪城 搦手口
箕輪城 搦手口
箕輪城 搦手口~郭馬出西虎口門
箕輪城 搦手口~郭馬出西虎口門
箕輪城 木俣
箕輪城 木俣
箕輪城跡駐車場を背にして左側の通路から少し上ると搦手門跡です。ここから左の道を道なりに進むと木俣という曲輪になります。
現在は草ぼうぼうですが外れまで行くと高崎までの町が前面に広がります。
ここをさらに進むと右側に堀切と郭馬出門が見えてきます。

郭馬出西虎口門

箕輪城 郭馬出西虎口門
箕輪城 郭馬出西虎口門
箕輪城 郭馬出門(遠景)
箕輪城 郭馬出門(遠景)
箕輪城 郭馬出門(馬出内部からの眺め)
箕輪城 郭馬出門(馬出内部からの眺め)
郭馬出西虎口門(かくうまだしにしこぐちもん)は、二の丸の南側に位置する郭馬出の西側にある櫓門です。幅は5.73m・奥行きも3.48mに及び、城に設けられた7ヶ所の門の中でも最大規模と考えられています。箕輪城跡観光でも最大の見どころで、2016(平成28)年に復元されました。
もともと徳川氏時代に井伊直政が城主だった頃に建てられた門です。2002(平成14)年度に行われた発掘調査で確認された門柱の礎石8個をもとに、全国各地に残っている近世初期城郭の門を参考にして復元されています。門の上にある櫓についても、屋根は手で割った杉材を使った板葺きです。壁は竹を格子状に組みつつ縄で固定して木舞(こまい)の上から荒壁を塗っています。
なお同城門は24時間通行可能です。周っている時に見上げれば、当時の使われていた様子をイメージできるでしょう。

本丸

箕輪城 本丸
箕輪城 本丸
箕輪城 二の丸
箕輪城 二の丸
箕輪城 蔵屋敷
箕輪城 蔵屋敷
郭馬出を後にして二の丸、本丸へと進みます。
箕輪城跡のほぼ中心にある城で最も主要な区画です。広さは東西約70m、南北約100mとなっています。現在では内部に本丸を示す石碑と解説板が設置されています。北・西・南側は空堀が巡っており、木橋や土橋を通じて北の御前曲輪・西の蔵屋敷・南の二の丸に行けるようになっていました。また東側には土塁の跡が、本丸門付近には馬出の跡を示す碑があります。

なお城跡の保存整備事業の一環として、2022(令和4)年3月中旬までの予定で本丸と蔵屋敷を結ぶ木橋の復元工事が行われています。

御前曲輪

箕輪城 御前曲輪
箕輪城 御前曲輪
箕輪城 新曲輪
箕輪城 新曲輪
御前曲輪は本丸の北側にある曲輪です。1566(永禄9)年に箕輪城が武田軍の猛攻で落城した際、城主長野業盛らが最期を迎えた場所です。曲輪の内部には、最期を遂げた箕輪城の将士たちの慰霊碑があります。
また慰霊碑の近くには古井戸も見つかっています。1927(昭和2)年に豪雨で地盤が一部沈んだことで発見されたものです。深さは20mにもなり、底の土中からは長野氏代々の当主の墓碑が出土しました。
なお内部には美しい桜の木が植えられており、毎年春になると見事な花を咲かせます。
曲輪を奥の方(北側)に進むと大堀切に下りられる石段があります。(急な石段なので気を付けて下りましょう。)
下りきって右手方向に進むと、稲荷曲輪や新曲輪があります。
今回は堀切西側を見たいので左に折れて堀切を進みます。
西側の堀からは野面積みの石垣も見つかっています。

大堀切と木橋

箕輪城 大堀切
箕輪城 大堀切
箕輪城 本丸堀 三の丸方面
箕輪城 本丸堀 三の丸方面
箕輪城 本丸堀 三の丸方面
箕輪城 本丸堀 三の丸方面
大堀切は箕輪城の中でも御前曲輪から本丸を経て二の丸に至る壮大な空堀です。本丸から見て西側を通っています。過去に行われた発掘調査の結果、幅が最大で約30m、深さは20m以上にも及ぶ規模です。
なお大堀切で隔たれた本丸など主要区域と周辺区域は、木橋などを渡すことで上を通行できるようになっており、周辺の区域が敵の手に落ちても主要区域を守れる点が強みでした。この木橋は復元され、堀下から上を見上げるとその巨大さに圧倒されます。
堀切のところどころには、野面積みの石垣が散見されます。

三の丸

箕輪城 三の丸
箕輪城 三の丸
箕輪城 二の丸三の丸間空堀
箕輪城 二の丸三の丸間空堀
箕輪城 本丸~蔵屋敷 木橋
箕輪城 本丸~蔵屋敷 木橋
三の丸は本丸から見て南西側、二の丸から見て西側にある区域です。城内でも比較的石垣が残っているとともに、1580年代の後北条氏支配時代の遺構が見られることでも有名です。
後北条氏が箕輪城を支配していたのは、本能寺の変が発生した1582(天正10)年から小田原征伐に敗れる1590(天正18)年までの8年間でした。石垣は割と低く、石積みを構成する石も成人が簡単に持てるほどの大きさだったとされています。
なお同じような石垣は、武蔵鉢形城を治めていた北条氏邦(うじくに:当時の当主・氏政の弟)でも見られます。鉢形城の石垣築造技術を応用したものと考えて良いでしょう。

箕輪城の御城印と百名城スタンプ

■箕輪城の御城印
箕輪城では御城印を販売しています。
・箕輪城ふれあい市(箕輪城跡東大駐車場)
住所:〒370-3106 群馬県高崎市箕郷町東明屋588
料金は1枚300円です。

■日本百名城スタンプ
日本百名城スタンプは以下で希望者にのみ貸し出しとなります。
・高崎市箕郷支所2階 地域振興課窓口(休日は裏口)
時間:午前8時30分~午後5時15分
場所:高崎市箕郷町西明屋702-4
TEL:027-371-5111

・高崎市箕郷公民館
休館日:祝日、年末年始(12月29日~1月3日)*施設点検等で臨時休館する場合があります。
時間:午前9時~午後5時
場所:高崎市箕郷町西明屋421-3
TEL:027-371-3152
高崎市箕郷支所、箕郷公民館は群馬バス箕郷行・伊香保行四ツ谷下車徒歩約2分

箕輪城の入城情報

所在地

住所:〒370-3106 群馬県高崎市箕郷町東明屋
TEL:027-321-1292

開城時間

24時間営業

休城日

無し

料金

無料

製作スタッフ紹介

記事

倉之丞
倉之丞
歴史作家。城郭ナビゲーター。
城巡り歴は約40年ほど。防衛施設としての城もさることながら城下町としての街づくりや江戸時代の教育・文化・経済に強く惹かれています。
日本100名城、日本続100名城を中心に訪れたお城の数は150城を超え、2025年に200城を目指し日夜研鑽中。
現在、城トリップで仲間たちと城巡りの情報交換を行いながら記事更新しています。

写真

制作スタッフ
制作スタッフ
男女数名のスタッフにて撮影。
基本、みんな城好き。うんちく好きもいれば、人物像が好きなスタッフも。