桜の雲海に浮かぶ渦巻石垣と出雲街道の街並
津山城 備中櫓
津山城の見どころとイベント
津山城の見どころは、宮川を挟んで西の寺院街、東の商人街の街並みが美しく残る点と鶴山全部をぐるぐる巻きにしたような整然として美しい石垣群です。
城西地区は創始733年で天照皇大神を祭る徳守神社を中心にした門前町の街並みが残り、城東地区は旧出雲街道の宿場や商人街として賑わいました。
特に、城東地区は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されるなど数多くの古い町並みが残されています。
津山城の城郭は、鶴山全部を使った渦巻き型の石垣づくりで三の丸から本丸まで段々に重なった石垣がきれいに続き、その美しさから姫路城、伊予松山城とともに日本三大平山城にも数えられています。
城の代表的な建造物、備中櫓は津山藩初代藩主森忠政の娘婿で備中松山藩主池田長幸にちなんだものといわれ、復元された櫓内はきれいに整備され、貴重な当時の城の暮らしぶりが垣間見えます。
10月には日本を代表する神輿祭り「津山まつり」が3つの神社で行われ、春には、弘前城、高遠城と並び日本桜と呼ばれる美しい桜が城全体をピンクに覆い来訪者の目を楽しませてくれます。
城西地区は創始733年で天照皇大神を祭る徳守神社を中心にした門前町の街並みが残り、城東地区は旧出雲街道の宿場や商人街として賑わいました。
特に、城東地区は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されるなど数多くの古い町並みが残されています。
津山城の城郭は、鶴山全部を使った渦巻き型の石垣づくりで三の丸から本丸まで段々に重なった石垣がきれいに続き、その美しさから姫路城、伊予松山城とともに日本三大平山城にも数えられています。
城の代表的な建造物、備中櫓は津山藩初代藩主森忠政の娘婿で備中松山藩主池田長幸にちなんだものといわれ、復元された櫓内はきれいに整備され、貴重な当時の城の暮らしぶりが垣間見えます。
10月には日本を代表する神輿祭り「津山まつり」が3つの神社で行われ、春には、弘前城、高遠城と並び日本桜と呼ばれる美しい桜が城全体をピンクに覆い来訪者の目を楽しませてくれます。
目次
津山城へのアクセス方法
飛行機で行く場合
岡山桃太郎空港から国道53号線を使って車で約1時間
▼レンタカーは以下
・トヨタレンタリース岡山 岡山空港店 TEL:086-294-2100
・日産レンタカー 岡山空港店 TEL:086-294-1723
・ニッポンレンタカー 岡山空港 営業所 TEL:086-294-3919
・オリックスレンタカー 岡山空港店 TEL:086-294-5543
▼バスで行かれる場合
岡山桃太郎空港からリムジンバスでリムジンバス 湯郷温泉行 JR津山駅(約1時間10分)です。
津山駅からタクシーだと約10分で鶴山公園駐車場(津山城への入口)に到着です。
▼レンタカーは以下
・トヨタレンタリース岡山 岡山空港店 TEL:086-294-2100
・日産レンタカー 岡山空港店 TEL:086-294-1723
・ニッポンレンタカー 岡山空港 営業所 TEL:086-294-3919
・オリックスレンタカー 岡山空港店 TEL:086-294-5543
▼バスで行かれる場合
岡山桃太郎空港からリムジンバスでリムジンバス 湯郷温泉行 JR津山駅(約1時間10分)です。
津山駅からタクシーだと約10分で鶴山公園駐車場(津山城への入口)に到着です。
電車で行く場合
九州・広島方面からも京都・大阪方面からも
山陽新幹線:JR岡山駅下車、そこから JR津山駅(約1時間10分)
・津山駅からタクシーだと約10分で鶴山公園駐車場(津山城への入口)に到着です。
・徒歩だと20分ほどでで鶴山公園駐車場(津山城への入口)に到着です。
山陽新幹線:JR岡山駅下車、そこから JR津山駅(約1時間10分)
・津山駅からタクシーだと約10分で鶴山公園駐車場(津山城への入口)に到着です。
・徒歩だと20分ほどでで鶴山公園駐車場(津山城への入口)に到着です。
車で行く場合
中国自動車道津山i.C.で下りて目的地まで 国道429号/国道53号 を進む(約10分)
駐車場
・鶴山公園 (津山城跡) 駐車場
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下58−3
TEL:070-3162-3996
・津山市城下駐車場
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下92−10
TEL:0868-32-2127
・津山文化センター駐車場
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下58−3
TEL:070-3162-3996
・津山市城下駐車場
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下92−10
TEL:0868-32-2127
・津山文化センター駐車場
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下
津山城、最寄りの場所からのアクセス方法
今回はJR津山駅から津山城観光の入口になる「津山観光センター」に向かい旅を始めます。
駅には津山観光案内所やなぜかSL展示があります。
ルートは、「津山観光センター」から登城し、表門跡→三の丸→鶴山館→二の丸→本丸(備中櫓→天守跡)→裏鉄門から北曲輪→堀と三の丸西側、城を出て城東地区の街並み散策です。
駅には津山観光案内所やなぜかSL展示があります。
ルートは、「津山観光センター」から登城し、表門跡→三の丸→鶴山館→二の丸→本丸(備中櫓→天守跡)→裏鉄門から北曲輪→堀と三の丸西側、城を出て城東地区の街並み散策です。
津山城を散策する
表門跡
津山城表門は、城大手の通用口でした。現在は、門跡前にチケット売場がありその横には初代津山藩主森忠政の像が鎮座しています。
三の丸(南側)と表中門跡
表門からぐるり左側に回り込みながら石垣を登ると三の丸です。元々は土塀と櫓で仕切られていて通り抜けできませんでいたが、現在は真っすぐ石垣を囲むように進むと裏門に出られます。二の丸に進むには三の丸入ってすぐ右手にある一際大きな石段を登り進みます。
この石段付近が表中門跡で、門の上には巨大な櫓門があり、東側の櫓群とともに鉄炮や弓矢で集中攻撃できるようにつくられていました。
表中門跡の石段を上ると中舞台がありこれを右側に進むと、藩校「鶴山館」があります。
鶴山館手前の櫓跡から眺める備中櫓は城内で最も有名な撮影スポットです。
この石段付近が表中門跡で、門の上には巨大な櫓門があり、東側の櫓群とともに鉄炮や弓矢で集中攻撃できるようにつくられていました。
表中門跡の石段を上ると中舞台がありこれを右側に進むと、藩校「鶴山館」があります。
鶴山館手前の櫓跡から眺める備中櫓は城内で最も有名な撮影スポットです。
鶴山館
鶴山館は1765(明和5)年に津山藩主松平康哉によって設立された学問所です。
その後明治維新に入り、1870(明治4)年に慶倫時代に増築し、和洋漢の学修所として修道館と名付けられ、士族のみならず平民も通えるように改革されました。その改革の精神は引き継がれ、後の総理大臣、平沼騏一郎などが中心となり「津山の洋学」として全国に名を知れていきます。
「鶴山館」は一部内部を開放していますので、先人たちの学問への熱い想いを感じることができるかもしれません。
その後明治維新に入り、1870(明治4)年に慶倫時代に増築し、和洋漢の学修所として修道館と名付けられ、士族のみならず平民も通えるように改革されました。その改革の精神は引き継がれ、後の総理大臣、平沼騏一郎などが中心となり「津山の洋学」として全国に名を知れていきます。
「鶴山館」は一部内部を開放していますので、先人たちの学問への熱い想いを感じることができるかもしれません。
二の丸から切手門跡
表中門跡の石段を上ると中舞台から左に進むと二の丸です。この二の丸から見上げた備中櫓は圧巻です。
右手に進むと春の桜の見ごろにはまるでピンクのトンネルの様な回廊が切手門まで続きます。
右手に進むと春の桜の見ごろにはまるでピンクのトンネルの様な回廊が切手門まで続きます。
本丸
切手門跡を通り更に左に折れながら石段を進むと本丸です。
本丸からは市街が一望できるとともに天守まで続く段々になった石垣が美しい姿を見せてくれます。
時期が合えば、桜のピンクに覆われた城の様子が眼下に広がるでしょう。
本丸からは市街が一望できるとともに天守まで続く段々になった石垣が美しい姿を見せてくれます。
時期が合えば、桜のピンクに覆われた城の様子が眼下に広がるでしょう。
備中櫓
備中櫓を始めとした津山城の築城は1603年から1616年まで13年の年月をかけ行われました。
櫓は前述のように鳥取藩から備中松山城に移ったばかりで完成した城に訪れた備中松山藩主池田長幸にちなんだものといわれています。
天守と本丸御殿をつなぐ位置にあり、内部には客人を迎えて談笑できる「御座之間」や「茶室」が設けられています。
櫓は前述のように鳥取藩から備中松山城に移ったばかりで完成した城に訪れた備中松山藩主池田長幸にちなんだものといわれています。
天守と本丸御殿をつなぐ位置にあり、内部には客人を迎えて談笑できる「御座之間」や「茶室」が設けられています。
天守跡
現在は天守台だけですが当時は4層五階の天守がありました。
この4層五階建ての天守には逸話があります。城が完成した1616年には大阪の陣により豊臣家が滅亡し、江戸徳川幕府が幕藩体制を確立する時期でした。そのため一国一城令で領国に2つ以上の城を作らせない。防御の堅い城を作らせない。高い天守を作らせないなどの規制がつくられました。そのため津山城の大きな天守も問題になりました。そこで藩主忠政は、幕府の使者が天守を確かめに来る前に4階部分の屋根を一部取り壊させて、4層の櫓に見せたといわれています。
いずれにせよ大きな建造物を支えたその天守台石垣は非常に大きく迫力があります。
この4層五階建ての天守には逸話があります。城が完成した1616年には大阪の陣により豊臣家が滅亡し、江戸徳川幕府が幕藩体制を確立する時期でした。そのため一国一城令で領国に2つ以上の城を作らせない。防御の堅い城を作らせない。高い天守を作らせないなどの規制がつくられました。そのため津山城の大きな天守も問題になりました。そこで藩主忠政は、幕府の使者が天守を確かめに来る前に4階部分の屋根を一部取り壊させて、4層の櫓に見せたといわれています。
いずれにせよ大きな建造物を支えたその天守台石垣は非常に大きく迫力があります。
北側の曲輪
本丸北側の裏鉄門跡から石垣を下って裏門へと進みます。
途中には裏中門跡の大きな石垣群が見えます。天に向かって聳えるような高石垣は圧巻です。
下り進むと裏門があり、ここもまた登城用の入口になっています。
途中には裏中門跡の大きな石垣群が見えます。天に向かって聳えるような高石垣は圧巻です。
下り進むと裏門があり、ここもまた登城用の入口になっています。
薬研堀、厩堀と三の丸西側
裏門を出てすぐ、城郭の最北部に薬研堀があります。
更に西側に回り込むと厩堀がありこの2つの内堀が津山城の堀跡になっています。
裏門に戻って三の丸を回るように進むと桜の回廊になっています。切手門前、「鶴山館」手前の櫓前、そしてこの三の丸西側の桜が最も美しい桜スポットです。
更に西側に回り込むと厩堀がありこの2つの内堀が津山城の堀跡になっています。
裏門に戻って三の丸を回るように進むと桜の回廊になっています。切手門前、「鶴山館」手前の櫓前、そしてこの三の丸西側の桜が最も美しい桜スポットです。
城東地区
城を出て東側に進むと宮川があります。川にかかる宮川大橋を越えると城東地区です。
入口すぐを左に折れながら真っすぐ道なりに進むと旧梶村家住宅や作州城東屋敷など当時の面影をそのまま残した屋敷群が旧出雲街道沿いに軒をつらねています。
各家々の屋敷には防火対策のため袖壁や海鼠壁といった白壁が多用さ、焼杉の壁板や格子窓とともに独特の景観を生んでいます。
入口すぐを左に折れながら真っすぐ道なりに進むと旧梶村家住宅や作州城東屋敷など当時の面影をそのまま残した屋敷群が旧出雲街道沿いに軒をつらねています。
各家々の屋敷には防火対策のため袖壁や海鼠壁といった白壁が多用さ、焼杉の壁板や格子窓とともに独特の景観を生んでいます。
津山城の御城印と百名城スタンプ
■津山城の御城印
津山城では御城印を販売しています。
・津山城備中櫓受付
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下135
TEL:0868-22-4572
開館時間:9:00~17:00
料金は1枚300円です。
■津山城の日本百名城スタンプ
日本百名城スタンプは以下で希望者にのみ貸し出しとなります。
・津山城備中櫓受付
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下135
TEL:0868-22-4572
開館時間:9:00~17:00
津山城では御城印を販売しています。
・津山城備中櫓受付
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下135
TEL:0868-22-4572
開館時間:9:00~17:00
料金は1枚300円です。
■津山城の日本百名城スタンプ
日本百名城スタンプは以下で希望者にのみ貸し出しとなります。
・津山城備中櫓受付
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下135
TEL:0868-22-4572
開館時間:9:00~17:00
津山城の入城情報
所在地
住所:〒708-0022 岡山県津山市山下135
TEL:0868-22-4572 (鶴山公園切符売り場)
TEL:0868-22-4572 (鶴山公園切符売り場)
開城時間
8:40-19:00(4~9月)、8:40-17:00(10~3月)
※さくらまつり期間中 7:30 - 22:00 館 18:30
※通年ライトアップ~21:00まで(さくらまつり期間中は22:00まで)
※さくらまつり期間中 7:30 - 22:00 館 18:30
※通年ライトアップ~21:00まで(さくらまつり期間中は22:00まで)
休城日
12/29~31
料金
・大人310円(中学生以下無料)
・団体(30名以上)
大人(高校生以上)2割引き
小人(中学生以下)無料
・身体障がい者手帳・療育手帳・精神障がい者保健福祉手帳をお持ちの方と付添いの方1人までは入場無料
・団体(30名以上)
大人(高校生以上)2割引き
小人(中学生以下)無料
・身体障がい者手帳・療育手帳・精神障がい者保健福祉手帳をお持ちの方と付添いの方1人までは入場無料
製作スタッフ紹介
記事&写真担当
歴史作家。城郭ナビゲーター。
城巡り歴は約40年ほど。防衛施設としての城もさることながら城下町としての街づくりが好き。
特に江戸時代の教育・文化・経済に強く惹かれています。
日本100名城、日本続100名城を中心に訪れたお城の数は150城を超え、2025年に200城を目指し日夜研鑽中。
現在、城トリップで仲間たちと城巡りの情報交換を行いながら記事更新しています。
城巡り歴は約40年ほど。防衛施設としての城もさることながら城下町としての街づくりが好き。
特に江戸時代の教育・文化・経済に強く惹かれています。
日本100名城、日本続100名城を中心に訪れたお城の数は150城を超え、2025年に200城を目指し日夜研鑽中。
現在、城トリップで仲間たちと城巡りの情報交換を行いながら記事更新しています。