東北三大名城、
鶴が舞う白亜の天守「会津若松城」
鶴ヶ城(会津若松城) 天守と南走長屋(本丸からの眺め)
鶴ヶ城(会津若松城) 天守と南走長屋(本丸からの眺め)

会津若松城の見どころとイベント

鶴ヶ城(会津若松城) 天守から見た南走長屋と干飯櫓
鶴ヶ城(会津若松城) 天守から見た南走長屋と干飯櫓
鶴ヶ城(会津若松城) 茶室 麟閣 入口
鶴ヶ城(会津若松城) 茶室 麟閣 入口
本丸内にあった層塔型5重5階の天守は、1611年(慶長16年)に蒲生秀行によって建てられたものを元に、1965年(昭和40年)に外観復興(内部はRCコンクリート造り)されました。さらに2000年(平成12年)には天守に続く南走長屋と干飯櫓が当時の設計図や技法を模して木造復元されました。
本丸南東には蒲生氏郷が師事した千利休の子息千少庵を招き、茶道振興を進めたとされる「茶室麟閣」があり、現在でも庭園を眺めながらお茶を楽しむことができます。

目次

会津若松城へのアクセス方法

飛行機で行く場合

福島空港から車・タクシーで約50分

▼レンタカーは以下
・トヨタレンタカー 福島空港店 0247-57-1371
・日産レンタカー 福島空港カウンター店 0247-57-1373
・ニッポンレンタカー 福島空港営業所 0247-57-1377
・オリックスレンタカー 福島空港カウンター 024-925-0543

▼バスで行かれる場合
会津若松駅までリムジンバスで約2時間20分
リムジンバスの時刻表は以下からご確認ください。
https://www.fks-ab.co.jp/access/limousine.php
福島交通 TEL024-944-5400

・会津若松駅から徒歩で約35分
・会津若松駅からタクシーで約12分

新幹線・電車で行く場合

東北新幹線:郡山駅下車
郡山駅からリムジンバスで1時間25分
・会津若松駅から徒歩で約35分
・会津若松駅からタクシーで約12分

車で行く場合

・磐越自動車道 会津若松ICから車で30分
ICから国道49号線から国道121号線を経由して行くとスムーズに着きます。
■鶴ヶ城(会津若松城)、カーナビの登録は位かの情報で!
住所:福島県会津若松市追手町1−1

駐車場

普通車360台(有料)
鶴ヶ城西出丸駐車場、鶴ヶ城南口駐車場、鶴ヶ城東口駐車場の3か所
・鶴ヶ城西出丸駐車場
住所:〒965-0873 福島県会津若松市追手町1-1
・鶴ヶ城南口駐車場
住所:〒965-0807 福島県会津若松市城東町15
鶴ヶ城東口駐車場
住所:〒965-0807 福島県会津若松市城東町1-25
利用時間:8:00~18:00
料金:有料
※おトイレ、自動販売機も駐車場内にあります。

会津若松城、最寄りの場所からのアクセス方法

会津若松城 廊下橋
会津若松城 廊下橋
茶室「麟閣」入口
茶室「麟閣」入口
会津若松城へは、JR西若松駅(西口)からバスで10分弱、鶴ヶ城前下車で西口入口から城本丸を目指します。(徒歩だとJR西若松駅(東口)から25分程度です。)
車だと、北口東側にある鶴ヶ城会館駐車場あるいは西出丸駐車場に止めて向かうと便利です。
以下では、北出丸から椿坂を登りながら帯郭北東側を巡り廊下橋を渡って二の丸へ。二の丸から折り返して再度帯郭から本丸へ。天守、南走長屋から茶室麟閣、干飯櫓から黒門を出て帯郭西側を回りながら西出丸に至るルートで石垣や天守、櫓ほかの建築物をご紹介していきます。

会津若松城と城下町を散策する

北出丸

会津若松城 北出丸からの堀
会津若松城 北出丸からの堀
北出丸は文字通り城の北側を守備する郭で、当時は全体を堀で囲われた防衛拠点でした。
現在は鶴ヶ城会館本丸茶屋のあたりから北出丸に車が通れるよう道ができていますが当時は橋が架かっていて、有事の際には橋を壊し籠城できるようになっていました。又、当時橋があった北出丸南東部に枡形虎口の強固な追手門がありました。
北出丸には剣道場の武徳殿があり時期によっては武道体験イベントが催されています。

帯郭(北東部分)から二の丸

鶴ヶ城(会津若松城) 椿坂からの眺め
鶴ヶ城(会津若松城) 椿坂からの眺め
北出丸を背にして椿坂を上って左折すると帯郭北側の旧表門前につきます。現在は左手に鶴ヶ城稲荷神社があり、右手すぐには天守が聳えています。これを更にまっすぐ二の丸方面に向かって進むと廊下橋があります。

廊下橋

鶴ヶ城(会津若松城) 廊下橋
鶴ヶ城(会津若松城) 廊下橋
鶴ヶ城(会津若松城) 廊下橋からみた内堀
鶴ヶ城(会津若松城) 廊下橋からみた内堀
廊下橋はその名の通り当時は、屋根や壁を有した橋だった思われますが、現在再建されたものは、二の丸と帯郭、本丸部分をつなぐ木造の橋になっています。戊辰戦争150年の節目、2018年に竣工されました。ヒノキ造、朱塗りの橋の高蘭には会津地方に伝わる工芸の技が駆使され、石垣の荘厳さを一層引き立たせています。
二の丸から廊下橋、その先にあったであろう西中門や西櫓跡の巨大な石垣群を見ればいかにこの城の攻略が難しかったかを実感します。

本丸(天守、南走長屋)

鶴ヶ城(会津若松城) 天守からみた南走長屋と干飯櫓
鶴ヶ城(会津若松城) 天守からみた南走長屋と干飯櫓
二の丸から来た道を戻り再度旧表門付近に向かいます。
ほどなく見えてきた天守に登城します。登城口にチケット売り場があり、麟閣とセットで券が買えます。天守入口は地下二階付近でそこから五階まで当時の城の様子や刀剣などの展示物が見学できます。天守からの眺めを堪能し、下ってくるとお土産物ショップなどがあります。出口を出て大きな天守内の緑をぐるり巡るように向こう側に見える茶室麟閣に向かいます。

茶室麟閣

茶室「麟閣」外観
茶室「麟閣」外観
茶室「麟閣」入口
茶室「麟閣」入口
麟閣は蒲生氏郷が師事した千利休の子息千少庵が造ったとされます。
千利休は天下人秀吉の怒りを買い切腹を命じられ、その誄が及ばぬように氏郷が子息の少庵をかくまったとされます。少庵はかくまわれている間に「麟閣」で茶道振興を行いました。後に少庵は京に戻ることを許され、その孫により武者小路千家、表千家、裏千家といった三千家が興され後年の茶道隆盛をつくっていきます。
茶室麟閣内には、麟閣の他に、寄付、腰掛待合、蒲鶴亭といった建物と蹲踞(つくばい)があり、侘びの精神を感じながら抹茶と薯藷饅頭(じょうようまんじゅう)が頂けます。

本丸(南走長屋、干飯櫓、鉄門)

麟閣を後にして左手に月見櫓跡を見ながら南走長屋、干飯櫓に向かいます。
南走長屋、干飯櫓ともに当時の設計図をもとに2000年に木造復元された建物です。

会津若松城 南走長屋

会津若松城 天守と南走長屋
会津若松城 天守と南走長屋
南走長屋は表門(鉄門)から続いており、本丸と帯郭を隔てる重要な防衛施設でした。

会津若松城 干飯櫓

会津若松城 干飯櫓(本丸内部からの眺め)
会津若松城 干飯櫓(本丸内部からの眺め)
干飯櫓は、若松城にあった11の櫓の中で最も大きく2層2階の建物です。その名の通り有事の際の食料を貯蓄しておく蔵として使われていたようです。
櫓出口から出て鉄門をくぐると西の帯郭です。

西帯郭から西出丸

会津若松城 西帯郭にある鐘撞堂
会津若松城 西帯郭にある鐘撞堂
鶴ヶ城(会津若松城) 干飯櫓(西出丸から見た眺め
鶴ヶ城(会津若松城) 干飯櫓(西出丸から見た眺め
鉄門を抜けると、ひときわ大きく長屋と天守とその石垣が聳えて見えます。
真っすぐ下るように抜けると正面の石垣上に太鼓櫓が見えてきます。
太鼓櫓を右に見ながら左折すると梅坂です。坂を下って西出丸に到着です。
現在の西出丸は駐車場になっており、トイレや自動販売機もあるので一息つきながらお帰り前に英気を養ってください。

御薬園

御薬園 入口
御薬園 入口
御薬園 心字の池
御薬園 心字の池
御薬園 楽寿亭
御薬園 楽寿亭
御薬園は会津藩主松平氏の大名庭園です。
会津若松城から車で西に7分。天守から徒歩で21分。三の丸駐車場から向かうと便利です。
■御薬園、カーナビへの登録は以下の情報で!
住所:福島県会津若松市花春町8−1
御薬園の歴史は古く、室町時代に蘆名盛久が霊泉が沸くこの地に別荘をつくったのが始まりとされます。その後、1670年(寛文10年)に藩祖である保科正之が庭園を整備し、領民を救い、病気の予防、治療のために薬草研究を始めたことで薬草園も設けられました。
三代藩主正容は、目黒浄定を招き更に庭園の造営を進めました。これにより現在の大名型山水庭園が完成します。
明治維新時はしばらく診療所として使われたため、戦火を逃れ貴重な当時の姿そのまま残しています
園内には、心字の池や楽寿亭などがあり、滝奥からの眺望は非常に趣深くおすすめです。

会津若松城の御城印と百名城スタンプ

会津若松城の御城印

会津若松城では御城印を販売しています。
鶴ヶ城観光案内所
住所:〒965-0873 福島県会津若松市追手町1−1
TEL:0242-27-4005
料金は1枚300円です。

会津若松城の日本百名城スタンプ

日本百名城スタンプは以下で希望者にのみ貸し出しとなります。
天守閣内売店
住所:〒965-0873 福島県会津若松市追手町1−1
TEL:0242-27-4005
 開館期間: 年中無休
 開館時間: 8:30~17:00(入場16:30まで)

会津若松城の入城情報

所在地

福島県会津若松市追手町1−1

開城時間

年中無休
8:30~17:00(入城は16:30まで)

休城日

特になし

料金

大人410円(天守閣・麟閣共通券 大人520円)
小中学生150円
*麟閣【りんかく】(千利休の子、少庵が当時の会津領主蒲生氏郷のために建てたとされるお茶室)